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畢竟独自の見解

「任意処分」と「附随措置」

「停止させる手段の限界について、具体的な基準を示した判例はない。しかし、職務質問に伴う所持品検査の許否につき説示した判例は、その論理に拠れば「任意手段である職務質問の附随行為である所持品検査について、原則対象者の承諾、承諾なき場合、すなわち対象者の意思に反しその法益を侵害する場合については、「限定的な場合において…[そ]の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである」と説示しているので、「質問」実施の前提して不可欠な「停止」手段についても、この説示と同様の「比例原則(権衡原則)」が適用されることを前提にしているはずである。なお、この基準は、任意捜査における有形力行使の適否判断基準と実質的に同じものとみることができる。有形力を伴う「任意手段」という点で共通する警察活動について、大枠として別異の法的基準を立てる積極的理由は見出し難い。」(酒巻匡『刑事訴訟法』42頁)

 

刑事訴訟法

「A君:警察官職務執行法2条1項は、警察官に職務質問とそのための停止措置の権限を付与していますが、2条3項において、職務質問の相手方は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄拘束、意に反する連行、答弁の強要をされないと規定していますので、質問も停止措置も任意処分であり、有形力の行使は絶対に許されません。従って、Kの措置は違法です。

教員:これらが「任意処分」と理解されていることは、A君の言うとおりだけど、…」(古江賴隆『事例演習刑事訴訟法(第2版)31頁)

 

事例演習刑事訴訟法 第2版 (法学教室ライブラリィ)

ここでは、刑訴法197条1項を根拠とする任意処分と、警職法2条1項を根拠とする「職務質問に伴う附随措置」の同質性が強調され、両者をパラレルに考えてよいことが許容されているように読める。

だが、本当にそうだろうか。私は、これら二つをはっきりと区別して整理しておく方が有益だと考える(司法試験的に有益という意味ではない)。以下、そのように考えた道筋をメモしておく。(以下多分に予測予想を含むものであって正確性は保証しない)

 

両者をパラレルに考えるとした場合、刑訴法197条1項による任意の手段と警職法2条1項の附随措置はいずれも「強制手段にあたらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべき」という昭和51年決定によりその限界が画されることとなろう。

すなわち、「法益侵害の内容・程度と「必要性、緊急性など」とを「考慮した」結果、合理的権衡が認められるという結論を「相当」」(酒巻前掲書35頁)とするのであるから、この限界の画し方は端的なad hoc balancingによるものだろう。

 

しかし、昭和51年決定はあくまで「捜査」における強制手段・任意手段について判示したものであるから、その射程は通常刑訴法197条1項の解釈にのみ及ぶのであり、当該基準を「警職法2条1項」の基準として当然に並列化できるわけではない。

そこで、警職法2条1項による「附随措置」の限界を画す基準として第一に参照されるべきは同法1条2項であると考える。

警職法1条2項「この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであって、いやしくもその濫用にわたるようなことがあってはならない。」

この条文に関して警職法1条が厳格な比例原則を求めていることに鑑み、身体・行動の自由に加えられた侵害・制約の程度と手段の「必要最小」との権衡の判定に際しては、特に他のより侵害的でない手段が容易に可能であったかどうかに留意すべきであろう。」(酒巻前掲書35頁)と指摘されている。

このことからすれば、刑訴法197条1項を概括的根拠規範とする「捜査における」任意手段はad hoc balancing、警職法2条1項を根拠規範とする「行政警察活動における」質問に伴う附随措置は、LRA基準により画されると読むのが自然ではないか

とはいえ、これではまだ「そうと読める」という許容性を示したに過ぎない。次に、「そう読むべきである」という必要性を示す。

 

警察活動には「捜査」と言われる「司法警察活動」(=司法警察目的による活動)と、捜査に至らない「行政警察活動」(=行政警察目的による活動)があるとされ、刑訴法は司法警察活動を、警職法行政警察活動について規定するとされる。この区別は流動的なものではあるが、その区別の梃子となっているのは「犯罪の嫌疑の濃度」であるといえる。なぜなら、行政法2条1項は職務質問の端緒として何者かが「何らかの犯罪」を犯そうとしていると思料される場合を予定し、他方刑訴法189条2項は「犯罪」があると思料されるときを捜査の端緒としていることから、行政警察活動においては未だ漠然とした犯罪の嫌疑の存在が予定され、それが特定犯罪の嫌疑として濃厚になってきた場合に、司法警察活動としての捜査へと移行していくことが予定されているといえるからである。

純粋に相手方の任意に基づく警察活動には根拠規範は不要である以上、ここで問題としている任意処分、附随措置というのは相手方の同意を必ずしも得ない場合における有形力の行使等を予定しているものである。

そうするとこのような一方的な有形力の行使が法により許される程度というのはおのずと相手方の犯罪の嫌疑の濃さによって変動すると考えるのが自然である。相手方の犯罪の嫌疑が濃厚であればその分有形力の行使の程度が大きくなることも故なきことではないし、他方嫌疑が未だ漠然としたものであればそのような嫌疑しかない相手方に行使しうる有形力の程度は非常に減縮されたものと考えるのが合理的である。

そして、このように考えるのは、被疑者の長時間の留置きの適法性を判断する枠組みとして、留置きの「目的」により区分けされた「純粋任意段階」と「強制移行段階」という区別を導入し、各々の段階では任意捜査として(=刑訴法197条1項における任意の手段として)許容される程度が異なる、とした東京高判平成21年7月1日、平成22年11月8日とも平仄があう。(同裁判例では、覚せい剤使用が疑われる被疑者を留め置く際に被疑者に対し行った有形力の行使が許されるか、という問題に際して、自発的な尿の提出を説得するという「説得目的」の留置き(=純粋任意段階)と、らちが明かないとして強制採尿令状発布を待つ間の迅速円滑な令状執行のための「対象者の所在確保目的」の留置き(強制移行段階)では許容される有形力の行使の程度が変わるとした∵純粋任意段階に比して強制移行段階においては、令状発布を決断する程度に犯罪の嫌疑が濃厚となったとみることが可能である)

 

以上の理由により、刑訴法197条1項を概括的根拠規範とする司法警察活動(司法警察目的でなされる活動)としての任意処分と警職法2条1項を根拠規範とする行政警察活動(行政警察目的でなされる活動)としての附随措置は其々ad hoc balancing,LRAにより限界が画されるべきものである以上、両者を「実質的に同じものとみ」たり「これらが「任意処分」と理解されている」としてパラレルに整理することはできず、区別し整理しておく必要があると考える。