ワイワイブログ

畢竟独自の見解

欅坂46「不協和音」とデモクラシーにおける「孤立した個人」

全員が見捨てているんだから私がやるしかない。

ポリュネイケースは完全に一人になってしまっている。私が埋葬しないで誰が埋葬するのか。

 

―木庭顕『誰のために法は生まれた』254頁 

 

www.hmv.co.jp

え~~こんばんは。

きょうは最近でたコバ先生の大名著、『誰のために法は生まれた』のレビューをかましていきたいと思います。

 

この本はコバ先生が5日間にわたって桐蔭学園の学生たちに対し行った特別授業の内容がもとになっています。

全五回の内容は以下のようになっています。

第1回:法はどちらの側にある?‐『近松物語』

第2回:個人と集団を分けるもの‐『自転車泥棒

第3回:徒党解体のマジック‐プラウトゥスの喜劇

第4回:見捨てられた一人のためにのみ、連帯(政治、あるいはデモクラシー)は成り立つ‐ソフォクレスの悲劇

第5回:日本社会のリアル、でも問題は同じだ!‐日本の判例

 

第1回と第2回はそれぞれ『近松物語』、『自転車泥棒』の映画を学生に見てもらったうえコバ先生がソクるという内容、第3回と第4回はローマ喜劇、ギリシャ悲劇を読んでもらったうえコバ先生がソクる感じです。いずれも学生はとても楽しそうで、よかったです(小並感)。

第5回は中高生相手に判例2つ読んできてもらうという血も涙もない感じ(しかもそのうち一本は占有訴訟に対して本権反訴を許容した例のアレ)で、それはそれでよかったです(コナミ)。

 

わたしはなんならこれに登場した映画や喜劇等は全然見たことがなかったのですが(判例はもちろん知ってたけど)、そんなわたしのような「え~~近松物語なんてみたことないよ~~~」という人でも大丈夫、いずれもコバ先生書き下ろしの詳しめなあらすじがついているので問題なく読めます(ただ現物はちゃんとみたりしろよ、とは書かれている)。その証拠に、わたしはこの本を読んだだけで茂兵衛になりたいと思い、アンティゴネーにあこがれ、そしてフィロクテーテースに涙を流しました。

 

コバ先生を待つまでもなく、一応法律を勉強している身のワイが一番、切実に大事だと思っていることで、かつ本書のテーマでもあるのは以下のようなものです。

以下に見るように政治や法はこの自由のために存在するから、reciprociteのさまざまなメカニズムに苦痛を覚える、苦痛を覚える人のその苦痛を理解する、ことができなければ政治も法も全く理解しえない。集団によって抑圧される個人の苦しみに共感しうる想像力を持たない人は法律学の学習も諦めた方がよい。

―木庭顕『新版ローマ法案内』9頁

  みなさんは、法律とか人権とかデモクラシーとか、なんのためにあるのだと思いますか?これらの内容を省察し、厳密にその実現の条件を探る、高度な知的営為が積み重ねられてきましたが、人々はいったい何を問題と感じ、何に立ち向かっていったのでしょうか。

 この授業では、まずその問題のことを知ってもらい、驚いてもらいます。それはある切実な、切迫した問題です。

 でも、他の人の切実な苦痛に共感できなければ問題を理解することができません。共感するためには豊かな想像力が必要です。…

―木庭顕『誰のために法は生まれた』まえがき

私の授業では、頭を動かすことはそんなに大事なことではない。それより大切なのは、感じること、直感することだ。どうしてこうなっているのかなあ、ここで身を投げ出すってどういうことかなあ、とかですね。そして、こういうのは苦しいな、嫌だな、とその人の苦痛に共感する想像力がないと、何が問題化がつかめないね。これをプロの法律家はだんだんできなくなる。

―木庭顕『誰のために法は生まれた』68~69頁

 本書では徹底して「完全に孤立した個人」(茂兵衛、アントニオ、アンティゴネー、フィロクテーテースなど)に焦点が当てられ、そのリアルな苦痛に共感し、そしてその個人を救い「集団」を解体する営為を、文芸作品を素材にしつつ、先生と学生の対話を手掛かりに、目の当たりにすることができます。

 

野暮ではありますが、この本の実践的な狙いは、紹介される様々な文芸作品に出てくる「完全に孤立した個人」に「真摯に」共感する精神を本書を読み多くの人々が共有することで、まさにデモクラシー存立の基礎が涵養されることにつながるというものでしょう。したがって、ワイが本書をこうしてブログに紹介し、みなさんに読んでもらおうとしているのもその一助になればと思っているからです。みんなホント黙って読んでください。

 

ところで、本エントリ―の題名は「欅坂46「不協和音」とデモクラシーにおける「孤立した個人」」になっていますね。忘れてました。

みなさんは欅坂46「不協和音」を聴いたことはありますか?かなり有名な曲なので一度はあるかと思います。

www.youtube.com

歌詞全文はこちら

www.uta-net.com

この曲にはまさに、「孤立した個人」が描写されているといってよいでしょう。

まわりの誰もが頷いたとしても 僕はYesと言わない

絶対沈黙しない 最後の最後まで抵抗し続ける

叫びを押し殺す 見えない壁ができてた

ここで同調しなきゃ裏切り者か 仲間からも撃たれると思わなかった

 このように抵抗する人に心から共感することができますか?「事情次第」「迷惑さえかけていないのであれば」「変わり者めが」みたいに思っていませんか。事情を抜きにして、迷惑がかかることを抜きにして、そこまで追い詰められた、しかしかけがえのない何かを守ろうとする個人の立場に、なお共感を向けることは可能だと思うのです。

 

ワイは本書を読んだあと、平手友梨奈さんがアンティゴネーかと思いましたし、なんなら茂兵衛かと思ったくらいです。

本書でのコバ先生と学生のやり取りを見ておきましょう。

だけどアンティゴネーのほうはどうだろう。これはさすがに生きているんだから、集団を作っているかな?

―いや作っていないです。

どうしてだろう。

ー同じ考えを持っている人がいない。

すっばらしい。Szさんがさっき先回りした点だけれど、このことはすごく重いことだ。気が付いたかどうかしらないけれど。

 アンティゴネーの考え方の特徴は、他の全員の考え方と自分は違っているだろうと思っていることだ。迎合しない。絶対にしない。国の命令が出ていても自分の考えをあらためない。…

239頁

 アッッッッッッ!!!!!!これどこかで見たことある!!!!!!!!!入江意見や!!!!!!!!!!!!!!!

moominpapa.hateblo.jp

すみません、興奮してしまいました。

 

ああ 調和だけじゃ危険だ

ああ まさか自由はいけないことか

人はそれぞれバラバラだ

何か乱すことで気づく もっと新しい世界

 ここで述べられている「調和」「乱す」というのはそれぞれ、徒党の論理とそれに対抗する個人を指しています。これはもう間違いありません(大胆な攻め)。

人はそれぞれかけがえのない個人であり、我々はそれぞれ互いにかけがえのない関係にある。「もっと新しい世界」というのは、そのような”かけがえのなさ”に気付いた上での「孤立した個人の連帯」、そしてデモクラシーの存立を表わしていると読むのは完全に許されているといっていいでしょう(さらなる攻め)。秋元康先生は天才です。

 

 

さて、脈絡なく書きましたが、正直なところ中身にいちいち踏み込んでレビューをするのはそれこそ野暮であり、本書が伝える法の精神が単純化して受け取られるおそれもあります。なので、あえて踏み込みませんでした。

 

ただ、ワイのこの本をみなさんに読んでほしいという熱量はちょっとは伝わったでしょうか。本当にみんなに読んでほしいです。頼む。いらん本読んでる場合じゃないでホンマ。

 

~fin~